2018年07月13日
『小森和子自叙伝 流れるままに、愛』
I have red this book two or three times.
Kazuko is female famous film critic in Japan.
She was born in 1909 (42 Meiji) and died in 2005 (15 Heisei).
と英語で書き出したけど、ばかみたいに時間がかかりすぎるので、日本語に…英語の勉強にならないわ。
おばちゃまの体当たり人生、脱帽
『小森和子自叙伝 流れるままに、愛』は読み出すととまらない。
小森のおばちゃまが、世界中の男は自分を愛してくれる…と自己愛満載で、思わず噴き出したり、うんざりしたり。
彼女に落ち込みや自己否定はないみたい。人生の岐路にたっても最後は過去をすてて、前に進む。といってもこれは高齢になってから振り返って書いているのでそうなるのかもしれない。実際は悩み、自殺まで考えるほどぐちゃぐちゃだったのかも。
それにしてもぶっちゃけて書いている。薄汚い待ち屋で、医者の息子と納得づくで処女をすてた話や、菊池寛や、川口松太郎に可愛がられてペットのような存在になって贅沢しまくり、川口松太郎の紹介で映画雑誌社を紹介され、淀川長治と出会ったことなどエピソードがたくさん。
いろいろな上等な男たちと遊び、慶応の学生で初代NHK会長の一人息子と結婚、そして…離婚のごたごたから淀川長治の計らいで、雑誌社特派員として、アメリカからヨーロッパまでおよそ5ヶ月、海外を取材旅行。交通費はもちろん、給料もだしてくれる。これも和子さんの魅力なんだろうな。うらやましい。
この海外漫遊でであった映画スターや日本の作家とエピソードがすごい。
まだこれからという無名の日本の女性映画評論家に世界の大スターがつぎつぎ取材にきてくれ、と連絡がくるだろうか…、当時、日本人はめずらしかったのか。いや、よくわらかないが、日本にヨーロッパ映画を紹介したパリ在住の川喜多夫妻や、NHK会長の息子の嫁という立場がビッグコネクションになっていたようだ。だって、パリに着いたとき、当時NHKのパリ総局の職員だったNHKニュース9の初代キャスターになった磯村って人がオルリー空港に迎えにきており、ホテルの手配や、滞在中の世話もしている。これが現代だったら大スキャンダルになっていたかも。
離婚のごたごたで逃げてきたのに、そのごたごた相手の実家の力をフルに利用して海外漫遊ってのも、すごく頭がいい女性だと思う。最後まで利用してやるという気持ちだったのかな。おそろしいけどスカッとするよ。
彼女はニューヨークで当時流行作家の壇一雄と出会い、お互い異国だけの情事と割り切って同じホテルで同棲し愛欲の限りを尽くす。当時、家宅の人として日本から逃げてきたような壇一雄さんと、離婚のごたごたから一人の女性として生きることをスタートした和子さんの出会いは中年の最後の残り火が燃え尽きるみたいドロドロ激しいけど、彼女が書くと不思議とさらっとしてて、物悲しく、でもぜんぜんいやらしくなくて…やっぱり理屈ばかりこねている人より、行動して人生を乗り越えていくおばちゃまの生き方は人間くさくて好ましい。
一時ニューヨークからインディアナポリスへ行きジェームス・デイーンの墓参りをするくだりも面白い。和子さんはジミーと面識はない。映画雑誌編集者として無料の試写会を見まくっていたとき有望の新人スターとしてあこがれている間に彼は自動車事故でなくなったのだから。でも、彼女は、まるで長年の友人のごとく実家を訪ね、ジミーとそっくりの祖母に歓待され、なんとジミーの暮らした部屋の彼のベッドで寝て、
ジミーが大好きな食べ物をつくってもらって食べ墓参りをする。普通そこまでするでしょうか…、近くのホテルにとまったらどうなの。生前の知り合いでもないのだから…と思いつつだんだん腹が立ってきたが、時代を考えたら適当なホテルもみつからない場所なのかな。
で、西洋から戻ってからの彼女の活躍はテレビやラジオでご存知のとおり。
いまだと、和子さんは映画評論家というよりタレントだろうか。クロちゃんやリリコさんとも違うな。とにかくユニークな女性であった。
和子さんが明治42年生まれ、私の母は大正2年だから、母より5歳も年上の女性であることとを考えると驚異的fだ。
母は貧しくて、高女へは進学せず、十代で神戸の船会社の社長宅の住み込みお手伝いにはいった。その家は子供がいなかったので、奥様のお供で宝塚や歌舞伎など連れていってもらったらしい。当時珍しいジャズバンドのドラマーだった父とはその家のプライベートパーティで知り合ったという。演奏しに来たバンドマンと若い女中さんの出会いか。父はまた神戸を代表するいくつかのダンスホールで演奏していたから、ダンスホールで慶応早稲田東大の学生と遊んでいた小森さんとは会っていたかもしれないなあ。父母もダンスや映画が好きで同世代の人たちよりハイカラだったが母は結局一生、海外へいかなかったし、不倫も、女性の自立とも縁がない人だった。何度もいうけど、戦前から英語ができて、戦後は海外を飛び回った和子さんは当時の女性の何倍も人生を生きたといえる。
totoebi01 at 18:30│映画や読書の感想