2015年03月16日
ベルリン再訪2/13(5)
今書いていて、ベルリン到着翌日、時差ボケもなくよく動けたなあと自分ながら感心する。
ある時から、ホテルは個室、朝食付きを探すようにした。
到着日、よく寝ること、朝はたくさん食べること。こうすると、なんとか時差ボケをしのげるのだ。
ケネディ大統領が演説した
シェーネベルク市庁舎へ
文子の部屋はエレベーターなしの7階最上階だった。息を切らしながら登ったが、病気末期の彼女が毎日、ここを上り下りしてたのかと思う感慨深い。大変だったろうなあと思うが、彼女のことだから同情なんてしたら怒るだろう。「時間をかけてゆっくりと、いい運動と思って階段を利用したわ」と言っているように思う。
部屋に「さようなら」をして、外にでた。アパートの道をまっすぐ行くと聖マティアス教会があり、その前のヴィンターフェルト広場は朝市で有名だそうだ。きょうは金曜日、朝市は土曜日とのこと。Tさんが「時間があったら来てみたら」「それでなくても地図やカメラや荷物が多いのに、朝市であれこれ買い込んでももてないわよ」と笑った。

ベルリン映画祭の「天の茶助」プレス試写は15:30から。まだ時間があったので、
次に、、シェーネベルク市庁舎を訪ねた。1963年、暗殺される前年、西ベルリンを訪問したケネディ大統領は、この市庁舎の前で大観衆の前で演説をした。東西の壁を憂い、演説の終わりに、(自由な人間は、どんな場所にいようとも)Ich bin ein Berliner~私はベルリン市民だ、と締めくくったそうだ。

市庁舎の前には日本でいうゆるキャラ?ベルリンのマスコットの熊さんがたっていて、お出迎えしてくれた。
Tさんと私、相変わらず(すみません)あわてんぼというか、ずうずうしいというか。ちょうど、強制収容所で殺された人々の写真と残した文章などの展示をしているという看板がでていたので、市庁舎の立派なドアをあけて、中に入った。
受付もそのまま通過(何も言われないかった)。展示場の案内にそって大きな会議室のようなドアを押すと開いて、中は写真と資料などがずらりと展示されていた。
ところが、電気も薄暗いし、誰もいない。私たち、電気のスイッチを押して部屋を明るくし「来るの早すぎたね」とか言ってみていたけど誰も入ってこない。なんか気持ち悪くなって別のドアから出たら事務室だったので、Tさんがもちろんドイツ語で「ここはやってないのですか」と聞いてくれた。
先週で終わっていたのでした。だったらさっさと片付けて!とは言わない。でも、帰りにまた受付を通ったら、展示場へは入らないでくださいね、と言われてしまった。なんだ、知ってたのかあ。
それから私は、そろそろポツダム広場のプレス試写へ戻るので、Tさんにお礼をいってZoo駅で別れたのでした。
totoebi01 at 18:15│みんな生きている飼い主のいない猫








