2015年03月14日
ベルリン再訪2/13(4)
ポツダム広場ちかくのフィルムセンターへ
ベルリン到着の翌日、ベルリン映画開催のポツダム広場のほかに、T子さんと、文子さんのゆかりの場所を尋ねた。
文子さんはベルリン在住の実験映画作家。ベルリン映画祭で短編映画が上映されたこともあり、また、チェゲバラのインタビューも撮影したといっていた。
バングラディシュ、フランス、アフリカ、ドイツなどの女性映画祭でも作品が上映され知る人ぞ知る人だが、アバンギャルドすぎて残念なことに日本ではほとんど知られていない。

(左側の回転ドアが入口)
彼女が亡くなり、アパートに残された映画関係の本、撮影済みビデオおよび写真、資料が保管されているベルリンフィルム資料館を訪ねた。この建物は、日本の京橋にあるフィルムセンターのようなところだろう。
映画館、映画関係の書店、アーカイブ資料館、ミュージアムなどがガラス張りのビルに入っている。
(ドイツ語がよくわからないが、このガラス張りビル建物全体が映画博物館で、その中がいろいろにわかれているのかもしれません)
場所はCINEMAXのある路地の大通りを挟んで向かいで、ベルリン映画祭開催中は混雑していた。
6階の資料館に入り、ちょうど文子さんの「東西ベルリンの壁崩壊の写真」を選別していた職員の方とお会いした。「アパートから友人が運び込んだ荷物は段ボール12箱、入り口に山積みにされていたんですよ」と笑顔で話してくれた。
文子さんの長年の友人が、身寄りのない彼女に変わって、連絡を取り合い、主のいない部屋を何か月もかけて整理し、映画関係をまとめて、フィルムアーカイブへ運んでくれたのだ。
ゴミ収集車でひとまとめで運び捨て去ることもできたのにーー文子は本当に、いい友人に囲まれて、闘病していたのだなあ、とつくづく思った。
文子さんの住んだアパートへ
つぎに、文子の暮らしたアパートを訪ねた。場所はUバーン2のNollendorf駅からすぐ。



この駅から数分の通りに面したアパートの最上階に文子が住んでいた。
(右から3つ目、ベージュのアパート最上階ー中庭はさんで反対側なので、ここでは見えませんーに文子がすんでいた)

驚いたことに、入り口の住民ボタンのところは、まだ「MATSUYAMA」の名前がついたまま。彼女は公営アパートに入居していたが、親族のOKでるまで国も市もアパートに入れないし、ましてや鍵をこじあけて、中のものを整理することはできないそうだ。、プライバシー厳守すごいですね。
数か月かけて神奈川に住むおかあさんの委任状がとれたので、やっと市から鍵をもらい、友人たちが中にはいり、室内を整理することができたそうです。
totoebi01 at 14:44│みんな生きている飼い主のいない猫








