2010年高崎市で新春講演会NYに住む方々のご感想

2010年03月02日

DVD完成と読書

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2月16日、念願のDVDができました。
昨年10月ごろから準備をはじめ、リーフレットの編集、ジャケットカバー、レーベルのデザイン、どこにプレスを頼もうかなど…。映画祭のために自分で貼り付けた英語字幕は、字体が細く、二段にしたときの区切りも中途半端な場所があり全面的に専門の人に貼りかえていただいた。
ニューヨーク上映はそれでやって、好評だったのでほっとした。
長さも編集しなおし、8分ほど短くし、英字幕2009年リニューアル版となった。
これをDVDプレスのためにノンリニア編集機からDVCAMに書き出すのがなかなかうまくいかず、結局、編集スタジオのお世話になったり…。たくさんの皆様が買ってくださるといいのだけれど。
Cinemaonlineというサイトがニューリリースをのせてくださった。それだけなので、どこまで知っていただけるか。新聞やラジオに出たとき、多くのリスナーの方から映画館が近くにないのでDVDを注文したい、と連絡いただいたのですが、まだDVDを作る予定がなかったので、その旨を伝えただけ。お名前を控えておけばよかった。事務能力があまりないので、残念だ。

DVDが出来上がり、次の予定もないので、久しぶりに図書館へ。20冊ぐらい読んだが『静かなアリス』(リサ・ジェノヴァ)、『毛沢東のバレエダンサー』(リー・ツンシン)、『癌と私の共同生活』(俵萌子)、『ミツコと七人の子供たち』(シュミット村木眞寿美)、『天皇家の執事 侍従長の十年半』(渡辺允)『プラトニックセックス』(飯島愛)、『絶筆』(久和ひとみ)、9.11で倒壊ビルの中にいて助かった方々のインタビュー集など。やはりノンフィクションは面白い。

中でも最初に書いた3冊は心を動かされた。『静かなアリス』は、50歳で若年性アルツハイマーになったハーバート大学認知心理学の教授の記録。若年性アルツハイマー(平均発症年は52歳)は親がなると、その子供に50パーセントの確実で遺伝子が受け継がれるらしい。特に最初の子供が女の子だと確率が高いとのこと。アメリカで、遺伝子をもった女性が妊娠した場合、その胎児に遺伝子検査をする場合もあるそうだ。
アリスにも成人になった子供が3人いる。どう切り出していいかわからないまま、自分の病気を告白して長女、長男、次女に検査を受けさせる。その結果、結婚している長女が遺伝子を持っていることがわかった。アリスは自分が妊娠したとき、検査していれば、長女のこれからの苦難を予見できたのに…と学者として自分を責める。その時はまだ科学的に解明されていなかったので仕方なかったのに、学者として苦しむ姿が悲しい。長女は妊娠し、勇敢にも胎児の検査を実行するが遺伝子が受け継いでいないことがわかる。そして、元気な赤ちゃん(アリスにとっては孫)が生まれる。長女は「たとえ、子供が遺伝していても、私は産むつもりだった。この子が50歳になったときには医学は進歩してるから」と。

『毛沢東のバレエダンサー』は貧農の、二重まぶたで運動神経抜群のいたずらっ子が、毛沢東の奥さんの文化政策でバレエ学校の生徒に選ばれ、家族と別れ北京のバレエ学校に寄宿し7年間修行。苦しい練習をへてやがてヒューストンのバレエ学校の研修生に選ばれるまでに。そこで知った新しい世界、中国で教えられていたこととの違いに驚き、共感しアメリカへ亡命。世界的なダンサーとなっていく自伝。紅衛兵時代の中国の農村の様子がよくわかる。また国を捨てても、祖国や家族への熱い思い。命をかけて何かをしようとするときの、勇気、決断、犠牲…中国人の努力や情熱、心の広さと、頑なな人を縛る規則など、いい面、悪い面が描かれている。

『癌と私の共同生活』は1996年の本。俵萌子さんの作品は前に読んだことがあったが、年代が離れているせいか、特別興味を持つこともなかった。今回、これを読んで、彼女が離婚して、マスコミ露出を控え、群馬県赤城山に移って陶器工房を作り、地域の人々と活動していたことを知った。ぐっと身近に感じられた。そこへ乳がんが見つかり、活動しながら手術を乗り越え、癌と共存していくまでの心の葛藤が描いたのがこの本。感動したのは彼女の癌との取り組み方。これまでニューヨークの興味から、ニューヨークで乳がんと戦い抜いた千葉敦子さんの本を何度も読み返し、すごい!と思っていた。萌子さんの場合は「戦う」というよりタイトルどおり共同生活だ。千葉さんの発症が40歳、俵さんは表の活動に区切りをつけ、離婚を節目に自分の生活をリセットしたあとの65歳ということもあるのだろうか。倒木が朽ちて、土にもどっていく……のが死ではないかと描写するところがあり、ドキリとし、同時に目が開かれた思い。仏教の考え方らしい。その筆力の強さ、奥に秘めた生への執念、ユーモア。残念なことに、彼女は2007年にお亡くなりになってしまった。その様子はわからないが、きっと、文章の通り、安らかに自然へ戻っていかれたのだと思う。77歳。


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