2009年05月30日
1909年の写真見つかる

最初はダンスパーティの写真かと思ったが、「楽しき思い出」の記述と付き合わせたところ、留学3年目にシルバーベイというところで開催されたYWCAの大きな集会に参加した時の写真であることがわかった。(写真の無断掲載・転用はご遠慮願います)
コロンビア大学だけでなくバッサー大やウェルズリー大などの女子大生が集まっていた。舞台の椅子に10名ほどお客さまに向かって座っている女性たちの中の一人が鶴子さんのようだ。よく見ると、舞台にいるのはアジア系、アフリカ系の女子学生が多い。当時としては珍しいので皆に紹介されていたのか、自分たちの国について説明していたのか。
それにしても、100年前です……ここで、さまざまな討議が行われたとのことですが、どんなことが話しあわれたのか、興味が膨らむ。
貴重なお写真は鶴子さんのお姉さんである「じゅん」さんが、建築家であるご長男が満鉄で仕事するために満州に渡った時も持っていった。じゅんさんは敗戦後、満州でお亡くなりなり、ご長男一家が、「大切なもの」だからと、引き上げ船に乗る時もお骨とともに写真をリュックに入れてきたとのこと。
ご長男一家は夫婦と子ども5人。藤原てい子著「流れる星は生きている」そのままの、命からがらの引き上げだった。そういう中、大切に保管されていた写真をみせていただき、明治から大正、昭和の歴史、人と人とのつながり、厳しい現実の中にも家族、肉親の愛のようなものが伝わり感無量になった。
totoebi01 at 17:02│Comments(0)│[原口鶴子の青春]映画日誌








