2008年11月04日
10/31早稲田大学上映会報告
今回の作品を作る過程で何回か早稲田大学中央図書館を利用させていただいた。
図書館といえば大隈重信公の像のはす前にある図書館を想像していたが、そこは博物館になっており、新しい図書館は少し離れたところにあった。
上映会場の国際会議場はその同じ棟にあった(実際はその後ろの棟だったかも…)
ここは昔、安倍球場という野球場があり、夜など寂しいところだったがあまりの変わり方に驚いてしまった。
知らなかったのですが、卒業生はカードをつくれば中央図書館を自由に利用できるんです!
在学した70年前後は学園闘争の真っ只中。入試は機動隊に守られて、理工学部で受けたと思う。
文学部の授業はほとんど休校で、積み上げたバリケードをよけて中に入ろうとしたら「そこの彼女!なんのつもりだ!」と見張ってる自治会の人に注意されて怖かった思いもある。
今思えば、社会性に乏しく大学ー自宅ー映画館ーボーイフレンドをぐるぐる移動していた生活だったような気がする。
卒業式はモチロンなし。各教室で免状をいただいたような気がする。
私はもう小さな映画会社でアルバイトしていたので出席したか、あとで貰いに行った覚えてないが、証書は我が家にあるので卒業したことは確かである。
卒論は山田洋次論。「下町の太陽」「愛の賛歌」や馬鹿シリーズ、ハナ肇、なべおさみ主演の現代ものと寅さんシリーズが3作目まで作られていたので、それらと東宝サラリーマン喜劇と比較して書きました。
今年のあいち国際女性映画祭のクロージングパーティでその山田監督のお隣に立ったときは、感慨もひとしおでした。
そんな私が、晴れがましくも、オール早稲田文化週間で自作を上映できるなんて(モチロン出来たらいいなあ、と希望していたのですが)興奮してしまった。
上映後、男女共同参画推進室一周年の男女意識調査報告と、ロゴ発表と発案者表彰が行われ、1年生の男子学生の方が緊張した面持ちで免状を受け取ったが、そのういういしい姿が可愛かった。
何しろ息子より若い方なんですね
学生時代のいろいろなことが甦り、ここが出発点で、38年ぶりに出発点に戻ってきたような気がしたのでした。
早稲田大学男女共同参画推進室及び女性研究者支援総合研究所の皆様、4月の出会いから6ケ月にわたり、上映会実現のために、いろいろありがとうございました。
図書館といえば大隈重信公の像のはす前にある図書館を想像していたが、そこは博物館になっており、新しい図書館は少し離れたところにあった。
上映会場の国際会議場はその同じ棟にあった(実際はその後ろの棟だったかも…)
ここは昔、安倍球場という野球場があり、夜など寂しいところだったがあまりの変わり方に驚いてしまった。
知らなかったのですが、卒業生はカードをつくれば中央図書館を自由に利用できるんです!
在学した70年前後は学園闘争の真っ只中。入試は機動隊に守られて、理工学部で受けたと思う。
文学部の授業はほとんど休校で、積み上げたバリケードをよけて中に入ろうとしたら「そこの彼女!なんのつもりだ!」と見張ってる自治会の人に注意されて怖かった思いもある。
今思えば、社会性に乏しく大学ー自宅ー映画館ーボーイフレンドをぐるぐる移動していた生活だったような気がする。
卒業式はモチロンなし。各教室で免状をいただいたような気がする。
私はもう小さな映画会社でアルバイトしていたので出席したか、あとで貰いに行った覚えてないが、証書は我が家にあるので卒業したことは確かである。
卒論は山田洋次論。「下町の太陽」「愛の賛歌」や馬鹿シリーズ、ハナ肇、なべおさみ主演の現代ものと寅さんシリーズが3作目まで作られていたので、それらと東宝サラリーマン喜劇と比較して書きました。
今年のあいち国際女性映画祭のクロージングパーティでその山田監督のお隣に立ったときは、感慨もひとしおでした。
そんな私が、晴れがましくも、オール早稲田文化週間で自作を上映できるなんて(モチロン出来たらいいなあ、と希望していたのですが)興奮してしまった。
上映後、男女共同参画推進室一周年の男女意識調査報告と、ロゴ発表と発案者表彰が行われ、1年生の男子学生の方が緊張した面持ちで免状を受け取ったが、そのういういしい姿が可愛かった。
何しろ息子より若い方なんですね
学生時代のいろいろなことが甦り、ここが出発点で、38年ぶりに出発点に戻ってきたような気がしたのでした。
早稲田大学男女共同参画推進室及び女性研究者支援総合研究所の皆様、4月の出会いから6ケ月にわたり、上映会実現のために、いろいろありがとうございました。
totoebi01 at 21:23│Comments(0)│[原口鶴子の青春]映画日誌








