2008年09月

2008年09月23日

9/22札幌から戻りました

9/19-21まで3日連続上映が無事終了し、戻ってきました。
日本心理学会大会が開催された北海道大学は広い!天気は晴天。
湿気の少ない爽やかな天気の中を歩き回りましたよ!久しぶりに!

キャンパスを少し行くと、小川と木々が広がる緑地がある。
大きな木の下では人々が体操したり、読書したり。小川のそばでは子どもを遊ばせる親子。
なんといっても圧巻だったのはキャンパス一番奥ににあるモデルバーン。
北大の前身、札幌農学校から移築された牛舎や家畜房が広い緑地に点在する。
お雇い外国人(米マサチュセッツ州の農学校)がこの地にやってきて農業を指導した時のもの。
「青年よ、大志を抱け」のクラーク先生もその一人。

上映前の私の話は、心理学会ということもあり鶴子さんと心理学を中心に話を組み立てたのですが、
いざ、舞台にたつと…緊張が高まったままでした。
主催者の方によると、学会プログラムが終了後、これほどの先生方が残っているのはすごいですね、とのこと。人数はわかりませんが、大きな講堂に半分以上埋まっていて、みな心理学の先生、研究者、大学院生の皆さんですから緊張するのは当たり前です。

2日目は市民公開上映会。午前中に大学に到着するが、会場前にポスター一つなし。あれれれ…。取り急ぎ、北大に見学に来た人に手持ちのチラシを配る。
午後1時になるとさすがスタッフがやってきて、手際よく受付、ポスターなど貼り始める。
ちょっと心配だったのであいち国際女性映画祭での上映が終わり東京に戻ってから札幌市内の新聞各紙、女性センターにチラシと資料を送付したが、遅すぎたか。
不安のうちに時間となる。
どこからともなくお客様たちが現れて会場へ。また同じ時間大きな心理学の発表があったのですが、台湾からやってきた心理学の先生はじめ、10名以上先生方も一般市民の方々に混じってご覧になっていた。
「よくぞ、大々的に宣伝をしなかったこの上映会を探してご来場下さいました!』と司会の方が挨拶してらしたが、本当にひとりひとりどうやって上映会を知ったか聞いてみたいほどありがたかった。

その夜は札幌ビール工場跡地にある大きなビールレストランでの懇親会に招かれた。
ジンギスカン料理。ビールが次々でてくる。
この作品を作るずーと前から鶴子さんを調べて放送大学で講義をされていた心理学史を研究されているグループのテーブルに席をいただき、学会の皆様の配慮を感じた。
「トロイがよかった、鶴子さんがホームスティした家を探すときはこちらまでドキドキしました」との意外な感想をいただいたり、歴史を調べる時の実証についても話が広がる。
最初に鶴子さんの写真を大きく学会に公表してくださった立命館大の先生、ポレポレに観にいらした心理学者のご夫妻、また試写会の時から作品に注目してくださった先生。
さらに、鶴子さんと同じコロンビア大学心理学科にフルブライト留学され、心理学の研究をされた大山先生から、スカマホーン館にある実験心理学の教室のことや、先生のニューヨークでの思い出などもお聞きしてとてもためになる時間を過ごした。

最後の21日は、私の話はないので午前中は電車で小樽へ出かけ運河とその周りの建物を見て回る。
午後は高速バスで札幌に戻り、時計台など北大以外の建物や博物館を回り、夜はシネコンで「崖の上のポニョ」を観る。アニメの映像はすごいのだろうなあ、と思うのだがドラマは淡淡としてあっけなく思ったがどうなんだろう。
ポニョのお母さんの絵がもろ肉感的な欧米女性だったが…その点は。
観客は公開されて日にちもたっていたせいか、私を入れて10名(うち子ども3人)ほど。

実は私はその前に大泣きしてきたから感動が薄かったのかも。
北海道庁旧本庁舎のなかの樺太関係資料室で観た第二次世界大戦敗戦前後、樺太で起きた悲劇をつづった記録PR映画。
敗戦後、ソ連軍が樺太に攻めてきて、日本人は着のみ着のままで逃げたのですが、真岡郵便局の9名の若い女性たちは最後まで通信を守り、そして、ソ連軍がまじかに迫ってきたとき、「生きて辱めを受けるなら清い体のまま死にましょう」と青酸カリで服毒自殺した。
最期に別の郵便局へ電話した通話が出てきて、大砲、銃の音が鳴り響く中「私たちはもう死にます。皆様お達者で。さようなら」 どっと涙がでてしまった。

有名な話だそうでテレビでもドラマ化したとのことだが、私がここで観たのは松方祐樹が樺太の地を訪れ、悲劇のあった各所を歩いては、ニュース資料映像や再現フィルム、生存者の証言などを交えながら紹介していくものだった。
製作にはそれ程お金を使っていないみたいだが、その場にいた観覧者は皆な涙をぬぐっていた。

戻ったら第七藝術劇場の支配人さんよりメールが入っていて秋の公開が延びるかもしれないとのこと。
そろそろ電話をしないといけないな、と思っていたときだったので連絡いただきとても嬉しかった。
延びてもぜんぜん平気。上映日が決ったら大阪の知り合い総動員しよう。なんか元気がでてきた。

遅れましたが日本心理学会の皆様、北大のスタッフの皆様、ありがとうごさいました。

2008年09月12日

もうすぐ日本心理学会第72回大会(北大)上映

『心理学者原口鶴子の青春~100年前のコロンビア大留学生が伝えたかったこと~』が女性心理学者の足跡を描いたことから9月に日本心理学会、10月には日本教育心理学会の大会で上映していただくことになった。
これは予想もしていなかったことなので、とても嬉しく、また光栄なことだと思う。
誰よりも鶴子さんが喜んでいらっしゃるのでないかと思う。

日本心理学会は来週の9/19-21日まで北海道大学で開催される。
トトエビも招待され、その上、先生方の前でお話をすることをお引き受けしたので緊張が高まるばかり。
20日(土)は札幌市民の皆様にも見ていただこうと伝統ある学術交流会館にて無料公開も行われる。
北海道初公開!
札幌の新聞社への資料発送は明日から。
記事にしてくださる新聞社があっても間に合うだろうか…、名古屋から戻って「楽しき思い出」の購入希望者への発送(約40冊)、上映会開催の問合せの方へチラシや資料発送、掃除、洗濯…やるべきことがたくさんあって、そう、メマイがして病院でMRI検査も受けてきました。
異常なし、血圧正常。なんか、上映会中にバッタリ倒れたらこわいーーー。

札幌といえば…10年以上前、高校生が『青春18きっぷ』で日本縦断するテレビドキュメントを作った時のことを思い出す。出発が指宿(と思ったが枕崎だった)、終点が網走で、途中何度か宿泊のために下車したが、雪がすごくて目の前のビルが霞んでみえたあの駅は札幌だったのだろうか。高校生の一人が高熱を出して、撮影を続行するか中止するかで疲労困憊、あの駅がどこの駅だったか思い出せない。

予定は21日で終了だが、友人から「せっかく行くなら動物園まで足を伸ばしたら」と勧められ、そのせいではないが、せっかくの北海道だもの、1日のばして旭山動物園か小樽へ行って戻ってこよう。

2008年09月08日

9/7女性映画祭から戻りました!

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                     2008/9/3 映画祭記者会見の読売新聞の記事

あいち国際女性映画祭2008から先ほど東京にもどりました!
愛猫のエルビィが喜んで飛びついてきました。

まだ、余韻があって、ハイになっているのですが、とにかく、留守中にお電話いただいた皆様、映画祭の財団平松理事長、事務局エグゼクティブプロデューサー伊東様、昨年東京まで観に来てくだた加古プロデューサー(今回初担当)、補佐の小田様、女性(特に若く美人)に優しい木全ディレクター、心配り抜群のお姉さん日比野東京事務局長、運営委員の野上照代先輩、ボランティアスタッフの皆様、通訳の皆様に特に感謝申仕上げます。

本当に合宿生活のような楽しくて意義のある5日間でした。これまで個々に仕事していた女性のディレクターたちと、パーティで会い、夕食会で会い、みんなで歩いたり、タクシー分乗したりしてホテルに戻り、またそこで一杯のみながら時間を気にせず夜遅くまで思う存分話したり。こんな楽しい時間をもてるなんて、想像もしませんでした!

『小梅姐さん』の山本眸古監督、『空想の森』の田代陽子監督、『ファイター』のナターシャ・アーティ監督、『私たちの生涯最高の瞬間』のイム・スンレ監督と若い女性プロデューサー、『シンガポール・ドリーム』の名女優アリス・リム・チェン・ベン、ソウル女性映画祭のへギョンさん、『ネコナデ』の大森美香監督たちと毎夜、喋りまくりました。

なんと私が最年長!彼らをリードして…なんて柄でもないのですが、少しはリーダーシップを取らねばと思ったのですが、到着するなり名刺を忘れたとリュックの中を探し、デジタルカメラをホテルに忘れたと探し回り、とにかくいつもリュックの中をかき回すていたらく。若い監督たちのほうがよっぽど度胸も考え方もしっかりしていました。だから負けられない!とすごい刺激を受けて、でも一方彼らが頼もしくて嬉しくなって戻ってきました。

サプライズもたくさんありましたが、個々のご報告は次回に。
明日からは日本心理学会での上映(北海道大学学術交流会館)に向けて札幌の皆様に駄目押し資料送りをしないと!おやすみなさい。